HEAD BLOG代表 窪田のブログ

2023年6月7日

「小さい平屋」から豊かな人生へ

「小さな平屋」は、我慢の象徴という誤解を与えてしまったとすればすいません

実は、その逆だということを記してみたいと思います

暮らしそのものが単に小さく纏まればいいとは思わないですね

むしろ逆

生活は、今の感覚より豊かで生き生きとした幸せな暮らしを手に入れることが可能だと思う

私は、こだわりの強いそれぞれの個性が光る人生になると確信している

その理由は、すごく簡単

既に、皆さんが人生を謳歌しているんじゃないでしょうか

J-リーグのサッカー、V-リーグのバレー、B-リーグのバスケットボールを観戦したり、コンサートに行ったり、旅行に行ったりと多くの「喜び」を求めて行動しているのではないだろうか?

ガッリ仕事をして大きな家を建て、住宅ローンを払い続け、多くを我慢して、人生を歩む暮らしから

人生を楽しむ暮らしへ

将来も稼げる住宅という資産を持って生きる時代

「小さい平屋」の可能性は、人生を豊に「喜び」を実感して暮らせる

その「新たな人生スゴロク」を手に入れるためには

絵に描いた餅とならないような「小さい平屋」を手に入れることから始まる

「売る」「貸す」など言い過ぎたかもしれないが、一番大事なのは自分自身が暮らしやすい家だと心底思えないといけません。

こだわりも捨てるべきではありません

魅力は、多くの人たちにとっても魅力的だと思える家でなければ、そこに住みたいと思うわけがないわけです

気をつなければならないのは、「流行の家」は、つくらない

『普遍的魅力のある家』をつくるべき

時間の経過とともに味わいという品質が高まる家です

例えば、古民家は今になっても十分魅力的だと思う人が多いと思います

それは、本物だからです

国産材の無垢の木を使い作られているからです

床の板などは、時間が経過したからこそ魅力を感じるのだと思います

摩耗して色が変わってこそ価値があります

時間が魅力を増幅させているのです

お金では買えません

そんな家に住みたいと思う人は多いのではないでしょうか

時間ん経過が美しさに磨きをかけて、この雰囲気の家に住みたいと思っても選択肢はごくわずか

ただ、間取りがこれから生きるための暮らしに合っていません

大きさも合っていません

性能は仕方ないとしても勿体無い

昔は、家で結婚式や葬儀を行うことを前提に作られた間取りだったからです

親戚が来たときも宿泊してもらえるのが実家という概念が刷り込まれた家だったからです

今は、全て家に持ち込まない間取りの家

そして、これからもそれが常識となって浸透するでしょう

そうなると悪戯に家が大きくなくてもいいのです

と言いますか、家が大きい必要性がないのです

誰かに褒められてもらうことや誰かを向かい入れる家は必要ありません

むしろ、自分や家族が幸せに生きる「場所」として優れていることが重要です

そして、自らの未来に不安を残さないという明確な意思決定をどう具現化するかです

そのための自分たちの「住む場所」をどう考えればいいかというスタンスこそが重要です

これからの住まいは、色々な可能性を持つべきではないでしょうか

人生に起こり得るであろう「何か」は、「新人生ゲーム」を想定すると見えてきませんでしょうか

しかし、イレギュラーもあります

結婚、出産・・・・・

結婚しない

子供は作らない

離婚

一人の人生

・・・・・

人生は、ワンパターンじゃない時代です

「新人生スゴロク」をリスクなく、意味ある選択をして未来に負荷を残さない生き方を模索すべきです

「小さい平屋」という選択が一番安心安全な選択ではないかと言いました

しかし、そうとも言えない道もあります

次回は、「豊に生きる」をテーマに「多様性」についても触れていきます

人はみんな同じではない

足枷にならない多様性の住まいとは?

そして、流通し稼げる家とは?

世代別の住むやすい家とは?

3人以下の世帯人数の家をどう考えるのか?

そんなテーマで考えてみたいと思います

ゴールは「売れる」「貸せる」「買う」「借りる」が成立することを忘れないように考えていきたいと言うことを前提で・・・

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