窪田建設のヒデ社長-ここだけの話

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■ブリティシュ系から・・・

キター小僧になりつつある中でKISSとの出会いは妙だった。

渋いブリティシュ系の音楽とは表裏の関係。

奥の深さなど議論することも無い。

歴史ある国の音楽は、表現のみのアメリカンロックとは比べ物にならないと思っていた。

日本人には、哀愁が少しあるような幾らハードでもメロディアスなところが無いとと思った。

この当時は、心からそう思っていたのだ。

毎日、毎日同じ曲をレコードが擦り切れるまで聴く。

何度聞いても飽きない。

そんな自分だった。

でも、偶然といおうかギター演奏が簡単そうなKISSとの出会いは、以外にそう偉そうにもいえないような感覚でもあった。

特に軽めで解りやすさは、同時に覚えやすいと同意語。

デトロイト・ロック・シティーだけではなくマイナー調のブラック・ダイヤモンドなども良かった。

更にバラードとしてベスだとかハードラック・ウーマンなど名曲も沢山ある。

 

 

 

 今までブリティッシュロック以外はロックじゃないと思っていた。

でも、見た目は訳がわからないKISSでもサウンドはしっかりしていた。

演奏がブリティシュ系のバンドより旨いということではないが、音楽にも幅のあったバンドだった。

そんな彼らの曲は、何曲かコピーすることに成る。

そうこうしているうちに「F」が抑えられるようになっていた。

しかし、この当時ロックはかなりマニアックなジャンルだった。

日本では、フォーク全盛期か終盤を迎えて大盛り上がり。

更に外国のバンドといえば、ベイシティーローランズというアイドルバンド。

イギリス・スコットランド系でビートルズの再来といわれたバンドだった。

これが、女子をクギづけにしていた。

 

 

 さすがにコレは受け入れることはできなかった。

やはり、一発や的に消滅した。

フォークソングは、かぐや姫、吉田拓郎、井上陽水、ガロ、岡林信康なども人気を呼んだ。

 

 

 「僕の胸でお休み」「22歳の別れ」ご存知ですよね。

南こうせつ・伊勢正三の代表作をUPしておくました。

フォーク世代じゃない人も聞いてみてくださいね。

実は、こんな音楽も好きでした。

ギターもやりました。

旨くは無かったんですが、先輩が文化祭でLIVEをやっていてかっこよかったことを覚えてますね。

当時、付き合っていた子もフォークギターやってました。

なので作曲もやりました。

その後浪人。

大学受験失敗。

ギター小僧は、どうしたでしょうか? 

 


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