窪田建設のヒデ社長-ここだけの話

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■あすみ住宅研究会の会員2社訪問!

長野県上田市では、朝夕が寒くなり秋の日差しを感じる今日この頃となりました。
かねてより(協)あすみじゅうたく研究会の会員さんである東海道線沿いの2社にお邪魔してきました。
実は、(協)あすみ住宅研究会では出版に向けてタスクフォースメンバーにより準備を進めています。
その活動の大きな柱として、会員企業にお邪魔して住宅に取り組む工務店やビルダーの生き様や思いなどをお聞きしてきました。
私は、今回【神奈川県小田原市】と【愛知県豊橋市】の2箇所を強引に1日で回ってきたのです。
いやぁー疲れました。
本当は2日間に分けてという余裕でお邪魔できたらよかったのですが、そうそう双方の時間が許しません。
では、証拠写真をご覧ください。

(協)あすみ住宅研究会の会員である小田原の共立建設㈱と豊橋の㈱伴工務店にお邪魔してきました.jpg

私は、以前(社)上田青年会議所に籍を置いていた時期がありました。
そうそう思い起こせば1990年でしょうか。
全国大会が豊橋で開催されました。
懐かしさをもって訪れたところ随分駅周辺も変わっていましたね。
いったい何処に宿泊したのかなぁ~なんて独り言を・・・・・

それにしても遠藤社長も河合社長も忙しいのにお付き合いいただきました。
でも、多くの勉強が出来て出版以上の価値があった気がします。
根掘り葉掘り聞いて失礼だったかもしれません。
しかし、素晴らしい信念とオリジナルな取り組みをされていらっしゃることに頭が下がりました。

よぉーし

がんばるぞぉ~

心の中で叫びました。

PS,両社長さんお世話になりました。



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■長浜 【黒壁スクエア】

長浜駅から徒歩ですぐ。
コチラは、かの有名な豊臣秀吉公が今から四百年ほど前に長浜城を築いた場所です。
その当時までは、「今浜」と呼ばれていた地名も「長浜」と改められたり、楽市楽座などもしきました。

長浜「黒壁スクエア」.jpg

総称「黒壁スクエア」と呼ばれている街道ですが、明治時代から黒壁銀行の愛称で親しまれた古い銀行跡を改修して「黒壁ガラス館」となったようです。 

長浜「黒壁スクエアⅡ」.jpg

突然、意味不明なケンシロウが・・・・・
はい。
こちらは、海洋堂フィギュアミュージアム黒壁といいまして、様々な人形が展示されています。
そうそう自称「おたく」といえるかたなら必見でしょうか?? 

「長浜「海洋堂・フィギアミュージアム黒壁」.jpg

さぁー旅もこれで終わりです。
建築設計関係の仲間の旅も今回で3回を数えた私ですが、その都度よい企画だと感心します。
十分な調査を行い観光会社にすべて委ねることなく自らの意思を反映した見学場所は見ごたえもあります。
食事より旅館より宴会より見学地。
そんな意思を感じながら福利厚生委員長の仕事は厳しいものがあります。
見学場所だけでなく企画の斬新さが評価されます。
そうこう考えながらの旅でしたが、お蔭様で満足された方々の笑顔をしばしば拝見すると大したこともしていないのですが私も少し嬉しいような気がしました。
次回の企画は、設計事務所の仲間のボーリング大会か?マレットゴルフでしょうか?
大勢参加して頂けたらと思いつつも・・・・・
いかがだったでしょうか?
今回の滋賀県琵琶湖周辺の「郡上八幡」「近江八幡」「彦根城周辺」「黒壁スクエア」の旅のご報告は?
これを見ていってみたいと思われたとすれば幸いです。




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■彦根-四番町スクエア+夢京橋キャッスルロート

ここは、珍しいです。
彦根城のお堀を出てしばらく歩くと目の前に見えてくる光景はご覧のような町?
なんと、この建物は新しいのです。
タイムスリップ城下町をイメージしたのでしょうか?
個性的な観光地をつくりあげたようです。
見学したのは月曜日でしたので人は疎らでしたが、土曜日曜祭日は賑わいもすごいとか。

彦根夢京橋01.jpg

道の両脇がこのような建物で覆われています。
建物の中は、ほとんどお店。
地域を代表する古き懐かしきものから喫茶店・・・・お土産やさんも・・・・
ここは、かの有名な「夢京橋キャッスルロード」という場所なんですよ。

彦根夢京橋02.jpg

この雰囲気の道を真っ直ぐ歩いていくと次のゾーンが見えてきます。
次は”正に大正ロマン”さながら。
そうです「四番町スクエア」という通りです。
この看板を見てどのように感じますか?
私は、少し建物のデザインがいまひとつと正直感じてしまいました。

彦根四番町01.jpg

ここには、人気?キャラクターの「ひこにゃん」も笑顔で座っていましたよ。
どうやら人気者とパシャッ!とやる場所まで用意されていましたが、我々は横目で見るだけ。
残念ながら一緒に写真を撮るような気持ちにはならなかったようですね。 

.彦根四番町02jpg

いかがでしたでしょうか?


次回は、ついにこの旅最後の見学地となってしまった場所です。

『黒壁スクエア(長浜駅前)』をご報告いたします。
お楽しみにどうぞ。




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■国宝-彦根城周辺観光案内

彦根博物館.jpg

 9月1日もお蔭様でよい天気が続きました。
最初に訪れたのは国宝の彦根城です。
その前に博物館を先に見るように言われましたのでご覧の建物に入り見学です。
井伊直弼の彦根藩は「井伊の赤備え」として朱塗り(赤い)の甲冑を身に付けていたことで有名であるようです。
確かに目立ったでしょうね。

彦根博物館2.jpg

こちらは、博物館内から見学できる能舞台です。
建物の中央にこのように舞台を構えられるということは最高の環境といえるでしょう。
また、和室も贅沢なつくりになっています。
表御殿を復元したものだそうです。

国宝彦根城.jpg

博物館を後にしていよいよ坂を汗かきながら登りました。
正直にいいますが疲れます。
で、門をくぐり彦根城の中に入りました。
階段が急です。
危険です。
天守閣のデザインもかなり特徴的ですね。
個人的には「松本城」の方がデザインがいいような気がします。
だって、お寺のような屋根の形部分があるでしょう。
窓の部分が正にお寺です。
これは「花頭窓(かとうまど)」と呼ばれているようです。(築城1604年)

楽々園・玄宮園.jpg

豪華絢爛の庭園やお堀は立派です。
左は「楽々園」。右は「玄宮園」です。
それにしても広い敷地です。
さぁー満喫いただけたでしょうか?


初代藩主「井伊直政(1601年)」~第十四代藩主「井伊直弼(1860年)」に至る260年間一度も城攻めもなく、綺麗な状態で維持されたということです。つまり、松本城と同様に戦争をしていない城であり天守閣であるということのようです。

井伊直弼といえば黒船来航を思い浮かべる人も多いでしょう。
また、三浦半島を守る役割を命じられていたのも彦根藩でしたね。
日米修好通商条約に調印したことも有名です。
最後は、江戸城桜田門外で襲われ46歳で生涯を閉じました。


次回は、「夢京橋キャッスルロード」のご報告です。

 



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■水郷と古き商家のたたずまい「近江八幡」

郡上八幡の次に訪れたのは商人の町「近江八幡」です。
以前もブログで書きましたが”三方よし”の語源となった商人の町です。
豊臣秀次(1585年)によって基盤が形成されたといわれていますが、確かに商人や職人の町といえる気がします。

旧伴家住宅.jpg  

まずは、旧伴家住宅を見学しました。
外観からは想像もできない屋根の構造は極太なんて通り越すほどの大胆さでした。
天井は低いのですが、曲がった大梁が家を丈夫に強靭にしています。
勿論、商人として誰もが見習う基本に「質素・倹約・勤勉」がありますが、そこに教養が加わっているようです。

旧西川家住宅.jpg

次は旧西川家住宅の見学をしました。
コチラは入り口が細く長いのが特徴でしょうか?
嘗ての日本建築を思わせる工法です。
今と違うのは、軸組貫工法という壁構造の考え方が違います。
しかも、梁は曲がった材料を使うのがほとんど。
旧西川家住宅も商人の住まいで「豪商」といえる地位を築いたようです。 
洋館とウィリアム・メレル・ヴォーリズ.jpg

英語教師として来日したウィリアム・メレル・ヴォーリズさんは、沢山の洋館を建築したようです。
ご覧のような建物が並ぶ池田町洋館街には、レンガの塀が続いています。
ただ今修復工事を行なっている建物が2棟ありました。
見ることが出来なくて残念!

古い町並みand八幡小学校.jpg

本当に文化を感じる場所だといえます。
古い日本の商人の文化やまちづくり。
それから西洋文化。
ただ今現在も八幡小学校はこのまま使われているようです。
ちなみに、この小学校は大きすぎて写真に納まりきれませんでした。


実は、近江商人の町は女性パワーの町であったともいえるでしょう。
商人たちは妻や子供を残し商いで全国をまわっていました。
主人のいない妻たちは、本家を切り盛りし、祖先を守り、無駄を排除し、知恵を蓄え、なにより美しく豊かに暮らす女性ならではの豊かさを追求していたといわれています。
まさに”心の豊かさ”が溢れているといえるのではないでしょうか?
次は、彦根城周辺の旅をお送りします。

 



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